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Channel: 福岡の未来を創る101社 –データ・マックス NETIB-NEWS
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「つくる」から「見せる」まで映像主軸に地域から世界へ発信(前)

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sinfuro

大洋グループ

結果に表れる継続した人材育成

 1946年4月に開業した大洋映画劇場(現・中洲大洋)。そのビデオ事業部として70年7月に創業されたのが、現在の大洋グループの始まりだ。大洋グループは(株)ティーアンドイー、大洋(株)、大洋シナジー(株)、(株)リズミカル、(有)幸洋開発、(有)岡部からなる総合映像事業を手がける企業体である。

 代表を務める岡部知寛氏は、2008年11月に大洋グループに入社し、09年5月にティーアンドイーの常務取締役を経て現職に就いた。同社の経営理念は「努力し感謝する」。その先には、「エンターテインメントで人を楽しませ、地域活力を生み出したい」との想いがある。企業が成長するには、社長と従業員とが同じ方向を向き、進んでいくことが必要だ。そのために理念を共有できる新世代を育成したいと新卒採用を継続している。さらに、年間10組ものインターン採用を実施。無報酬のアルバイト感覚でインターン受け入れを行う企業が少なくないなか、同社のインターン採用では岡部社長が必ず面接し、現場の緊張感や社会人の仕事を間近で見ることのできる機会を2週間に渡り提供している。

 年間で延べ25名にも上るインターン生の対応にはかなり時間を割かれるとみられるが、「若い人の考えや人材育成について改めて考えるチャンス。社会人とは何かを教える立場として、自身の背筋を整える良い機会でもあります」(岡部社長)と、インターン採用を行う理由について語る。また、若手や中堅社員にも経営やマネージメントについて学んでもらうため、次世代リーダー育成の研修に積極的に参加するなど、全社挙げて人材育成に取り組んでいる。

「あなたがいい」と言われる仕事を

sinfuro ティーアンドイーはCMなどの映像制作を手がける制作部とイベント企画を手がけるプロモーション部からなり、東京オリンピックの開催決定を受けて、14年10月に東京支社を開設。勢いを増す情報集積地の東京と躍進を続けるまち福岡とのシナジー効果を期待して、東京支社にはエース級の人材を投入し、事業拡大を図っている。

 制作部の実績では、11年6月に九州新幹線全線開通のTV―CM「祝!九州」で、「カンヌ国際広告祭(カンヌライオンズ)2011」金銀銅賞を受賞したほか、(株)質庫ぜに屋本店(長崎市)のTV―CMが、12年3月にアジア太平洋広告祭「ADFEST2012」フィルム部門で最高賞の「ベスト」を受賞。また、15年の「TOPPA CREATIVE AWARD2015」では、大分県内のさまざまな温泉でシンクロをするというWeb動画「おんせん県シンフロ」がグランプリに続く金賞を受賞した。

 同社が制作に関わった映像は、その他にも数多くの受賞歴を有するなど、業界内でも高い評価を受けている。この実績と提案が功を奏し、自治体のPR動画制作を受注。福岡県柳川市の観光をPRするWeb動画「さげもんガールズ」が2月から公開され、好評を博している。

 さらには、同社の小田桐氏が企画演出をした「躾 home discipline」が、「カンヌライオンズYoung Director Award 2015」でショートフィルムアジア太平洋部門準グランプリ、「ADFEST2015 FABULOUS FOUR」部門ではファイナリストを受賞。小田桐氏は若手で入社して間もなかったが、「意欲を買って任せてみた」(岡部社長)結果、入社後わずか数年での快挙となった。

 プロモーション部は、福岡市役所前西側ふれあい広場で毎年開かれる天神涼園地やこびとづかんイベント、アジアドラマカンファレンス、全国梅酒まつりin福岡などを手がけた実績がある。

 太宰府天満宮で開催された「全国梅酒まつりin福岡2016」は、全国から集められた150種類以上の梅酒を購入できる販売会場が設けられたほか、梅酒のプロによるパネルディスカッションなどのステージイベントも行われた。また、梅酒を飲み比べ(有料)できるテントも設置され、4日間で延べ7,500人以上が参加するなど大盛況となった。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:岡部 知寛
所在地:福岡市中央区清川2-12-6
TEL:092-524-5165
URL:http://www.taiyogroup.co.jp

<プロフィール>
okabe岡部 知寛
1976年10月生まれ。福岡市出身。2003年4月電通九州入社。08年11月大洋グループに取締役室長として入社。11年12月大洋グループ代表に就いた。九州経済フォーラム常務理事、九州インターンシップ推進協議会理事などを務める。趣味は映画鑑賞。


ニーズ即応と市場深耕は不変の戦略(後)

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qk

(株)ダイショー

まだまだできることがある

 qk日本の食品市場では独身や単身者、夫婦家庭など世帯あたりの構成比が変わり、家庭内調理が減少。その分はそのまま外食や中食に移行するという構図だ。
 ここに来てその傾向が一段と顕著になっていることから、スーパーやコンビニエンスストアも中食の惣菜にはとくに力を入れている。同社でも従来から業務用惣菜向けの製品は提供してきたが、専門の組織やチームを編成し、即食製品への取り組みを強化している。

 「4~5人前の大家族向け製品に伸びシロがあるかと言えば、厳しいかもしれません。『スープはるさめ』は、それを見越して開発した製品です。お湯をかけるだけで手軽に5つの味が楽しめますし、『低カロリー』『健康』というキーワードにも再注目しました。カップはご家庭にあるものをご利用いただくことで、お求めやすい価格で提供しています」(阿部社長)。

 今後、同社が目指す方向性は取引先の要望に最大限に応えていく戦略のなかで、「まだまだできることがある」というもの。それを差し置いて、海外市場の開拓や新規事業への参入は準備段階のようである。

 肉や魚、野菜の生産者が努力した分だけ報われたい。流通業者は店舗を構えて消費者の利便性を追求していく。そのためには付加価値をつけなければならないわけで、同社はその支援に注力することで首尾一貫する。
 たとえば生産過剰で在庫がダブつく野菜があれば、生産者は困る。そんな野菜を食べてもらう調味料を求められれば、真摯に応えていくという姿勢だ。料理の基本である「香辛料とさしすせそ」。同社がこれらを使ってできることは、山ほどありそうである。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代表取締役会長:松本 洋助
取締役社長:阿部 孝博
所在地:福岡市東区松田1-11-17
設 立:1966年12月
資本金:8億7,000万円
TEL:092–611-9321
URL:http://www.daisho.co.jp/

<プロフィール>
abe_pr阿部 孝博
1957年8月福岡市生まれ。山口大学農学部卒業後、1981年10月、㈱ダイショーに入社。研究開発室、工場長を経て、96年6月取締役就任。常務取締役、専務取締役、取締役副社長を歴任後、16年4月取締役社長に就任。趣味は科学史関連の読書。

「つくる」から「見せる」まで映像主軸に地域から世界へ発信(後)

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sagemon

大洋グループ

老舗然とせず新規事業を次々と投入

sagemon 新人の育成に力を入れる同社では、今年4月から初の女性営業が新卒で入社。「若者から高齢者まで楽しめる空間づくり」をテーマに掲げる大洋のハッピーライフ事業部への配属となった。大洋では、デジタルサイネージをシステム開発から設置までワンストップで手がけるほか、VOD(ビデオ・オンデマンド)等の映像配信業務を主力としており、その強みを活かし、病院やクリニックにおいて長い時間を要する人工透析中にVODを視聴できるサービスに着手。注目を集めている。

 さらに、15年10月に設立されたリズミカルでは、佐賀市内においてカラオケボックスを運営し、カラオケとしてのサービスはもちろん、プラスアルファのコンテンツを提供すべく店舗内を大幅に改装。高齢者向けの介護予防教室を開催するなど、地域に役立つ事業にも着手した。岡部社長は、「生活者向けのサービスは反応がすぐにわかるので楽しい半面、厳しい面もある。これまで培ってきたイベントや映像のノウハウの実証実験を行っていきたい」と、新規事業にも意気込みを見せる。

 15年には創業から45周年を迎えた大洋グループ。積極的に若手の登用や新規事業開発を進める、老舗企業ながらベンチャースピリッツ溢れる同社の展開から目が離せない。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:岡部 知寛
所在地:福岡市中央区清川2-12-6
TEL:092-524-5165
URL:http://www.taiyogroup.co.jp

<プロフィール>
okabe岡部 知寛
1976年10月生まれ。福岡市出身。2003年4月電通九州入社。08年11月大洋グループに取締役室長として入社。11年12月大洋グループ代表に就いた。九州経済フォーラム常務理事、九州インターンシップ推進協議会理事などを務める。趣味は映画鑑賞。

企業姿勢がブランドをかたちづくる(前)

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泰平建設(株)

確かなものづくりが信頼を生む

サンライフ浅生パークサイド

サンライフ浅生パークサイド

 1969年創業の(株)タイヘイのグループ会社として創立された泰平建設(株)。以来、戸建住宅やマンションの分譲開発、賃貸ビル・マンションの運営を通じて、人々が快適に過ごせる住まいづくりを担ってきた。
 とくに77年から参入したマンション事業は、「サンライフ」シリーズが高い評価を受けて、すでに160棟、1万1,000戸の供給実績を誇るブランドに成長。同社を地元・北九州では名実ともにトップクラスのマンションメーカーに押し上げた。

 94年には人口増加が進む福岡にも進出し、新ブランド「サングレート」シリーズを発売。こちらもすでに39棟、1,029戸を供給済みで、マンション事業には大きなポテンシャルを感じている。
 現在、マンションは北九州と福岡を合わせて年間で約350戸ほどを供給するが、福岡地区では後発ながらほぼ完売する人気ぶりというから、改めて同社の確かなものづくりが信頼を生んでいる証拠と言えるだろう。

 「常設の自社ギャラリー(博多区・小倉北区)に所有しています。進化が著しい住宅設備機器や省エネ、エコ設備などを実際に見ていただき、お客さまの目線に沿った提案をするためです。『見た目が良ければ良い』ではない確かさ、安心感をご自身の目で確かめてもらっています」と、伊藤俊樹社長はマンション事業の注力点を語る。

 ようやくそこを打ったとはいえ、建設費の高騰でマンションメーカーやデベロッパーのなかには、設計を外部委託してコストダウンを計るところもある。しかし、同社は安心・快適な住まいづくりを首尾一貫させるため、カギを握る設計も設計事務所と一体になって進めている。
 不況時にも決して無理をしない堅実経営のうえに、同社の揺るぎないブランド、信用力がかたちづくられている。

購入者の生活に対応した間取り変更を受け付け

 生活者のライフステージ、スタイルによってマンションに求められるニーズも多様化してきている。
 例えば、仕事のキャリアを重ねる独身女性も多くなり、マンションの購入に躊躇はないが、本物を見抜く目を持っているお客さまが増えている。ファミリーは子どもの性格や成長を想定して間取りや機能を選択するし、老後の生活のためにバリアフリー、ユニバーサルデザインを重視するお客さまもいる。

 そのため、設計、仕様については柔軟に対応しなければならない。そこで同社では17年6月完成予定の「サインライフ浅生パークサイド」では、全戸角部屋というプランニング、ワンランク上の充実した設備に加え、「間取り変更」も受け付けている。また、福岡では中央区平尾山荘通りに全17戸、全戸角部屋、メゾネットタイプ2戸、ルーフバルコニー付きを計画、近日着工予定だ。

 間取り変更はライフスタイルの洋式化に沿って、基本プランに設定されている和室を洋室に変えることができ、畳が持つアロマテラピー効果で和室が見直されていることから、そのまま残すことも可能だ。

 また、キャリアウーマンにとって書斎があれば、仕事を持ち帰った時に自宅をSOHOとして活用できるし、最初から収納を充実させておけば家具などを買い足す手間も省けてくる。間取りの変更は、住む人それぞれが納得できるマンションライフの提供なのである。

 「最近ではお客さまのご要望もずいぶん変わってきました。例えば、室内の色や照明に至るまでご自分のライフワークに合わせはっきりしたポリシーを持っていらっしゃいます。マンション事業者としては、建設して販売すればいいのではなく、お客さまのニーズの変化にもついていかなければならないと感じています」(伊藤社長)。

 同社ではマンションギャラリーを活用し、購入希望者の変更ニーズ、資金面の相談にきめ細かく対応している。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:伊藤 俊樹
所在地:北九州市小倉北区片野4-20-3 泰平ビル3F
設 立:1969年5月
資本金:5,900万円
TEL:093-931-6626
URL:http://www.web-taihei.co.jp

<プロフィール>
伊藤 俊樹
1947年12月、北九州市小倉南区生まれ。70年、泰平建設(株)に入社。80年、代表取締役に就任。趣味はゴルフ、釣り。

東京都市圏の高齢者医療に寄与、回復期医療の礎を築いた救急病院(前)

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蒲池 真澄 理事長

社会医療法人財団 池友会 福岡和白病院

現代医療に求められるものをすべて先駆ける

蒲池 真澄 理事長

蒲池 真澄 理事長

 社会医療法人財団池友会福岡和白病院は、一般社団法人巨樹の会、学校法人福岡保健学院、医療法人社団緑野会を束ねるカマチグループの中核病院。設立は1974年。カマチグループ会長でもある蒲池真澄理事長が山口県下関市に病床19床の下関カマチ病院を開設したのが始まりだ。蒲池理事長は開設当初から何よりも患者のためになる医療の提供を最優先とし、現在は「手には技術、頭には知識、患者さまには愛を」を理念に掲げグループ全体を牽引している。

 現在でこそ、全国でもトップレベルの救急医療体制が整う福岡県だが、70年代はまだ救急対応ができる病院が限られていた。高度経済成長期とともに交通事故も増えた時期ではあったが、負傷者への治療が間に合わず、死に至る確率も高かった。そのような時代に積極的に救急医療体制を整え、救急患者を受け入れ始めたのが同院だった。山口県警の職員が年間の死亡者人数を顧みて「明確に分析していないので断定はできないが、下関カマチ病院ができて、死亡者が減ったのは確か」と語ったという逸話も残っている。

 看護師育成に非常に熱心に取り組んだことでも知られる。まだ一般的に看護師の重要性が理解されていない時代ではあったが、蒲池理事長の良き片腕ともいうべき橋本スエ子看護部長が、看護師と准看護師の業務や患者のためにできることの違いなどを明示し、看護師教育の重要性を説明。これに共感した蒲池理事長とともに看護師教育に尽力した。当時、同院に勤務していた看護師の卵たちは、学校で学んだ後、蒲池理事長や先輩看護師たちから専門知識について毎日質問されたそうだ。「毎日、テストを受けているようなものでしたが、その教育熱心な風土のおかげで優秀な成績で国家試験に合格することができました」とも語る。現場に出てからも、橋本看護部長や蒲池理事長に鍛えられた知識や実践指導が大いに役立っている。その後、下関カマチ病院は、特定医療法人財団池友会として北九州市に小文字病院(現・新小文字病院)を開設後、下関第一病院と改称した。その後池友会は、福岡市東区和白に和白病院(現・福岡和白病院)を開設。下関第一病院を下関リハビリテーション病院と改称。日本最大のリハビリテーション病院グループとして大きな発展を見せる巨樹の会の母体となった。

マンパワーを強化し、全国区の病院グループへ

 蒲池理事長は患者のために医師と看護師が同等に協力し合う体制を重視し、医師にも看護師との協力体制を厳しく求め続けた。もちろん看護師にも医師に患者のために成すべきことを理路整然と説明できる力を備えることを求めてのことだ。病院は医師を中心として在るのではなく、患者を中心として在るという視点に立って現場を見れば、医療も看護も等しく大切なもの。同じことは医療とは区別されていた理学療法や作業療法にも言えた。

 蒲池理事長は「救急医療で患者の命を救った後は1日でも早く在宅復帰できるようにしてあげたい」という一心で、術後の早期リハビリテーション体制を強化した。今でこそ「チーム医療」「回復期リハビリテーション」という言葉も当たり前のように人々の口に上るが、同院は制度化される前からごく当たり前のこととして、現代が求める患者中心の医療体制を築いてきた。
 治療から看護、そして療法へという3本の柱を立て、それらをつなぐことに早くから取り組んできた同院。看護師と療法士養成教育には学校を創立して一から育て上げられる仕組みをつくり、医師に対しては入局後、同院の方針になじんでもらえるよう指導した。

 現在、福岡和白病院を訪ねると、医師たちは皆、大部屋で、診療科目で垣根をつくることなく机を並べている。後に蒲池理事長は、カマチグループの会長として「僕は医師というより、哲学者であり教育者だからね」と語ることになるのだが、確かに教育と哲学のもと、皆が平等という姿勢はグループ全体に貫かれており、やがてこの原動力が力強いマンパワーとなって、グループの規模を全国区に広げていくことになった。

(つづく)

<INFORMATION>
理事長:蒲池 真澄
所在地:福岡市東区和白丘2-2-75
創 立:1978年12月
資本金:1億1,522万円
TEL:092-608-0001
URL:http://www.f-wajirohp.jp/

<プロフィール>
kamati_pr蒲池 真澄
1940年4月福岡県八女郡黒木町生まれ。59年、福岡県立修猷館高校卒、65年九大医学部卒。カマチグループ会長として4法人を牽引する他、カンボジア・シェムリアップへ病院を寄贈するなど、国際的な医療貢献も行う。

3Dマップのさらなる進化を求めて目指すのは「ストーリーの創造」(後)

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(株)創造技術 松藤 忠大 代表

(株)創造技術

新入社員を積極的に採用

 同社では、3Dマップの活用を工事にともなう都市景観のシミュレーションサービス以外にも活用するために、さらに優れた性能を持つものに変化させていこうとしている。そのためにまず必要となるのは「新しい人材」だ。これまでは即戦力となる人材を求め、主に経験者を採用していた。しかし今の時代に必要なのは、未経験者を同社の指導で一から育てることだと考え、新卒を積極的に採用している。未経験といえど基礎知識や技術の習得は必須。土木学科を備えた教育機関に求人を出し、土木技術をしっかりと学んだ若者を求める。昨年入社した新卒社員は今、同社の期待に応えて順調に成長しているそうだ。仕事に熱心に取り組むあまりつい時間外まで作業してしまうことも。逆に、あまり根を詰めないようにと松藤代表が心配してしまうほどだ。

(株)創造技術 松藤 忠大 代表

(株)創造技術 松藤 忠大 代表

 しかし土木は他分野学科からの採用が難しい業態だ。松藤代表は、まず土木学科に進学する若者が増えることを望む。「土木建築物は、インフラ整備など、広域に影響を与えることで社会貢献に結びつきやすいと思います。実際に完成した橋や道路を見たときの達成感は何物にも代えがたいものですよ。自分たちの仕事が地図に表記されたと喜ぶ社員もいます」と松藤代表。

 同社が人材以外に求めているものは、設計技術者にはない新しい発想である。同社では、より完成度の高い3Dマップをつくるために議論を進めているが、そのなかで、今最も必要なのは動画におけるストーリー性なのだという結論に行き着いた。ストーリーとは、ある現象が時間の流れと共に違う現象へと変化する、その道筋を追っていくもの。工事による環境の変化をよりリアルに住民たちに伝えるために必要なものだ。

 松藤代表が社員に求めているのは「ストーリーの創造」、つまりどのように見せればわかりやすく伝えられるかをストーリーとして独創的に組み立てる力だ。だが、現状では設計技術者たちにストーリーを発想する力を求めることは難しいと考えた。そのために松藤代表が実践しているのは、技術者とは違う視点で物事を捉えることができる、柔軟な発想を持った人材との交流、そしてストーリー性を持った動画の研究だ。発想力を学ぶために3Dアニメーションスタジオとの交流も始めている。

 「最近のアニメーターの人たちは非常にリアルな街並みをつくり上げることができます。設計者でないのにここまでできるというのなら、ストーリーテラーでない私たちも、物語性のあるシミュレーションシステムの構築に迫らなくては、と皆で刺激を受け合っています」と松藤代表。楽しみながら自由に意見を交換し合うなかから思わぬアイディアが生まれることを期待する。遊び心を持って土木設計に携わることができることが、同社の強みだ。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:松藤 忠大
所在地:福岡市南区塩原3-8-28 ケイエスビル2F
設 立:1991年3月
資本金:500万円
TEL:092-554-6635

<プロフィール>
matuhuji_pr松藤 忠大
1991年、(株)創造技術を設立。当初より最新テクノロジーを用いてのサービス展開を視野に入れ、基本となるプログラミングを習得。慰霊の旅をライフワークとしており、遺跡周辺地域を3Dマッピング技術を用いて記録に残すことも考案中。

企業姿勢がブランドをかたちづくる(後)

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常設展示場「タイヘイ インテリジェントライフギャラリー」

泰平建設(株)

傾斜・データ偽装問題では迅速な情報公開で心配を払拭

常設展示場「タイヘイ インテリジェントライフギャラリー」

常設展示場「タイヘイ インテリジェントライフギャラリー」

 15年10月、マンション業界を揺るがす大問題が発生した。三井不動産レジデンシャルが06年に販売した横浜市の大型マンションで傾きが見つかり、杭打ち工事での打ち込みが足りない8本の杭が発見された。しかも、施工業者の旭化成建材によってデータが偽装された杭が多数あり、その数は全国3,000棟にもおよんだのである。

 同社ではこのニュースを耳にすると、迅速に対応した。伊藤社長は物件ごとの杭打ち工事の概要と使用した杭の種別、メーカーなどについて、全入居者に対し説明するように施工部門に命じたのである。

 「弊社はマンションの構造体について、ギャラリーを訪れたお客さまには模型を使って『断面がどうなっているのか』などもきちんと説明しています。横浜の事例についても、弊社が使っているものと工法が違った部分なども説明しています。手を打たずにいれば、かえってお客さまを心配させることになるので、施工担当者には情報をすぐに公開するように指示しました。おかげさまでお客さまには理解していただき、安心していただきました」(伊藤社長)。

 三井不動産レジデンシャルは、傾斜マンションの建替えを決定した。それは潤沢な資金があるからこそできることだが、マンションにおける安心・安全という信用を失墜させたダメージは計り知れない。まして一度墜ちたブランド力を復活させるのはそう簡単ではないだろう。

 同社は企画・設計・建設・施工・管理・販売まですべてを自社グループで行い、竣工検査も他社任せだけでなく社内でも行う。奇しくもマンション傾斜、データ偽装問題は、「給排水とか、構造体とか、人の目に見えないところまで自社で施工管理しているので、お客さまに安心して買っていただける」という同社の企業姿勢をクローズアップした。

 決して手を抜かず、愚直なまでに誠実さを持って事業に取り組むことが同社のブランド価値そのものと言える。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:伊藤 俊樹
所在地:北九州市小倉北区片野4-20-3 泰平ビル3F
設 立:1969年5月
資本金:5,900万円
TEL:093-931-6626
URL:http://www.web-taihei.co.jp

<プロフィール>
伊藤 俊樹
1947年12月、北九州市小倉南区生まれ。70年、泰平建設(株)に入社。80年、代表取締役に就任。趣味はゴルフ、釣り。

東京都市圏の高齢者医療に寄与、回復期医療の礎を築いた救急病院(後)

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蒲池 真澄 理事長

社会医療法人財団 池友会 福岡和白病院

巨樹の会にも池友会の精神が宿る

 2015年4月、東京都渋谷区に病床303床を有する原宿リハビリテーション病院が開設し大きな話題を呼んだ。下関リハビリテーション病院の開設後、関東圏で積極的に回復期リハビリテーション病院の開設を行っていた巨樹の会が、「回復期リハビリについては後進地区である東京都市圏の高齢者のために、山手線沿線に回復期リハビリテーション病院を開設する」という蒲池理事長の思いを実現させたのだ。

原宿リハビリテーション病院には積年の思いがある

原宿リハビリテーション病院には積年の思いがある

 同院は2カ月で満床となり、巨樹の会は東京都民のニーズに応えたことが立証された。原宿リハビリテーション病院の林泰史名誉院長は、リハビリテーション黎明期から回復期医療に携わってきた同医療業界の重鎮だが、「蒲池会長は、本当に東京都民のために、良い仕事をなさったと思う」と目を細める。その後、巨樹の会は五反田リハビリテーション病院を開設、巨樹の会本部を九州から五反田に移した。主軸を東京に置き、さらに他病院との提携によって急性期病院の数も増やしつつある。同会の鶴崎直邦理事長は長く蒲池理事長とともにカマチグループの発展に寄与しており、蒲池理事長が絶対的な信頼を置く人物だ。17年度4月には江東区にも回復期病院を開設する予定である。

 原宿と五反田のリハビリ病院には、館内に入ってすぐ目に入るところに、熱帯魚が泳ぐ水槽が配されている。聞けば巨樹の会の他病院も同様とのこと。泳ぐ魚たちを見て思い出したのは「池の周りに友が集う、という意を込めて『池友会』という法人名にした」という蒲池理事長の言葉だ。池友会の精神はグループ内の他病院にも宿っている。

 福岡和白病院の蒲池理事長の執務室には、これまで同院に関わってきた人たちと酒を酌み交わし、親しく肩を組み、笑い合う蒲池理事長の姿を写した写真が壁一面に貼ってある。

 「相手のことを本当に知るためには、飲食をともにする場に楽しく集い、真に交流することが大切だ」と蒲池理事長。その姿勢は医師や看護師、療法士たちにも受け継がれている。医師たちは同院周辺の居酒屋で、地域住民を集めて健康講座を兼ねた会食の集いを開き、看護師や療法士たちは、新人と先輩が新年度開始後3カ月以内に勤務後の会食を3回行い、1対1で腹を割って話を聞き合う交流の機会を持つ。そして院内では、お互いに明るい挨拶を交わし合う。大企業並みの経営力と先見の明を持つ蒲池理事長率いる福岡和白病院は、この素朴で温かみに満ちた人間愛に支えられている。

(了)

<INFORMATION>
理事長:蒲池 真澄
所在地:福岡市東区和白丘2-2-75
創 立:1978年12月
資本金:1億1,522万円
TEL:092-608-0001
URL:http://www.f-wajirohp.jp/

<プロフィール>
kamati_pr蒲池 真澄
1940年4月福岡県八女郡黒木町生まれ。59年、福岡県立修猷館高校卒、65年九大医学部卒。カマチグループ会長として4法人を牽引する他、カンボジア・シェムリアップへ病院を寄贈するなど、国際的な医療貢献も行う。

 


創業40周年の博多の老舗、新体制にともない新しい女将が誕生(前)

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teraoka_s

(株)てら岡

新体制を迎えた創業40周年

teraoka2 博多の歓楽街中洲に、今年創業40周年を迎える「日本料理てら岡」がある。地元の人々や福岡を訪れる人々に、玄界灘の天然活魚を中心とした日本料理や懐石料理をはじめ、もつ鍋や水炊きなど、博多ならではの味わいを提供してきた。
 (株)てら岡は、今年4月1日より配置転換を行い新体制に移行した。創業者の寺岡直彦社長は代表権を有する会長に就任。新原敏文氏が社長に就き、副社長・総料理長を山隈敦司氏が務める。また、中洲の入り口「春吉橋」のたもとに位置する「てら岡 春駒店」の若女将・寺岡浩子氏が女将に昇格した。浩子氏は会長の次男丈智氏に嫁いでおり、将来は夫婦でてら岡の事業を継承することが期待されている。
 「女将は、会社の組織でいうと部長クラスに当たります。今まで指示を受ける側でしたが、指示を出す立場となり店舗全体を見る統括女将になりました。上の人に相談していた案件なども、『女将に任せます』と言われるようになり、責任の重さを実感しています」と浩子氏は語る。戸惑いを覚えつつも与えられた役目をしっかりと受け止め成長している姿がある。

女将業と子育ての両立

 てら岡には、イカの塩辛『いかジュポン』や天然だしなど加工食品を製造する工場があり、浩子氏の夫・丈智氏が工場長を務めていた。工場は福岡県新宮町にあり、稼働時間が早朝から夕方までとなるため、夫婦の勤務時間に大きな差があった。

 「今年に入り、主人が本店の調理場へ移動しました。仕事が終わって一緒に帰ることができるので、娘たちのお迎えが楽になりました。とくに長女が喜んでいます」と、プライベートでは母親の顔を持つ浩子氏は言う。夫婦の仕事が終わる時間帯が深夜となるため、2人の娘は夜間保育に預けられている。娘たちはすでに保育園で寝ているため、1人ずつ抱いて連れ帰るのだが、浩子氏1人のときは、どうしても長女を起こして歩いてもらわねばならなかった。「夜遅いのですが、長女は文句1つ言わずに歩いてくれました。我慢ばかりさせているなと思います」(浩子氏)。そこには女将業と子育ての狭間で悩み苦しみながら奮闘する浩子氏がいる。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代表取締役会長:寺岡 直彦
所在地:福岡市中央区渡辺通5-2-10
設 立:1981年8月
資本金:5,000万円
TEL:092-714-4411
URL:http://www.teraokagroup.co.jp

<プロフィール>
teraoka_pr寺岡 浩子
1987年1月6日生まれ。福岡県立山門高校卒業。18歳からてら岡に勤め、現在日本料理てら岡 春駒店(福岡市中央区西中洲1-3、TEL:092-734-3988)で女将を務める。

幅広いジャンルのデザインを提供、都市に彩を添え続ける(前)

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yakuin

(株)手島建築設計事務所

専門特化型以上のパフォーマンスを

グランドメゾン薬院

グランドメゾン薬院

 1971年の創立以来、建築デザインを通じて、福岡の都市にさまざまな景観を生み出してきた(株)手島建築設計事務所。その実績は福岡県内にとどまらず、広く九州、そして東京・大阪などの大都市圏にも残されている。そして、デザインを手がけた建築物のジャンルも多岐に渡る。共同住宅はもちろん、サービスエリア、商業施設、学校・ケアハウスなどの公共・医療福祉施設など、実に幅広い。

 その旺盛な仕事ぶりには、1つの想いがある。「1つのジャンルに絞る専門特化型の建築士の方もおられます。もちろんそれも、競争が激化していくなかで、自身を特色づける大きな強みになると思います。ただ弊社では、できる限り多様な建築物のデザインに携わるようにしています。それは、お客さまにご提供できるデザインプランの数にもつながっていきますし、社員のスキルアップにも、必ず役立つことだと考えるからでもあります」(手島誠副社長)。
 社員がそれぞれ、ある1つのジャンルにおけるスペシャリストになる。たしかにこれも、組織体制の強化になる。しかし一方で、社員全員があらゆるジャンルのデザインに対応できれば、顧客にとって、これ以上頼もしいことはない。特化か、網羅か――。日々刻々と情勢が変わっていくなか、企業は難しい舵取りを強いられている。

 そうした状況のなか、同社に限らず、建築設計事務所をめぐる環境は、変化の波が大きいものであると言える。とくに情報ツールの進化は、仕事の在り方そのものをも変える。
 「昔は、『製図板とT定規があれば飯が食える』と言われていましたが、94~96年の間で、CAD(コンピューター支援設計)がコスト的にも導入しやすくなり、爆発的に広まると、製図板とT定規が使えること以上に、CADによる図面設計能力の方が重宝されるようになりました。新しいツールが登場するたびに、私たち自身の仕事のやり方も、絶えず変化させていかなければならないのです」。
 そう語るのは、同社執行役員で、技術管理部長でもある清武広幸氏。自身も一級建築士としてのキャリアを持ち、時代の変転を最前線で経験してきた清武部長は、次のような話も聞かせてくれた。
 「昔は、構造体を含め、職人さんが現場で加工するなどの対応をされていましたが、プレカットが主流となりつつある現在、職人さんの現場における仕事も様変わりしてきています。そして、建築設計も同じです。プレカットを前提としたデザイン、プレファブリケーションを求められることがほとんどになりました」(清武部長)。

 プレカットは、あらかじめ建築に必要な建材を、寸法などを整えたうえで現場に導入するもの。作業の効率化、工期の短縮化などに貢献している。このように、建築デザインは情報ツールなどの設備機器、建設業界における技術革新、それぞれの影響をダイレクトに受ける。だからこそ、学び続けるには最適な場所であるとも言える。
 「弊社は、比較的自由な雰囲気のなかで仕事を行える職場だと思います。『この仕事をやってみたい』という想いのある社員がいれば、年齢・キャリアに関係なくやらせてみます。もちろん、先輩社員や上司がフォローをします。誰でもやる気さえあれば活躍できる、そんな職場だと思います。また、建築以外の分野もやろうと思えばやれます。自由な発想が活かせるように、今後も常に『次の一手』を考えながら、活動を展開させていきます」(手島副社長)。

 建築士に求められるスキルが増えていくこと、それは同時に、ジャンルに縛られることなく建築デザインを手がける同社にとっては、顧客への新たなソリューション提案のための下地づくりにもつながる。そして、同社で経験を積む社員1人ひとりにとっても、5年後10年後の、思い描く未来の自分への近道になるのではないだろうか。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代表取締役会長:手島 博士
所在地:東京都港区芝1-13-16
福岡本社:福岡市中央区清川3-21-9
設 立:1976年9月
資本金:1,000万円
TEL:03-3457-6761(東京本社)092-522-5311(福岡本社)
URL:http://www.teshima-at.co.jp

<プロフィール>
tesima_pr手島 誠
1971年生まれ。建築設計に22年従事し現在に至る。

<プロフィール>
kiyotake_pr清武 広幸
1959年生まれ。建築設計に36年従事し現在に至る。

創業40周年の博多の老舗、新体制にともない新しい女将が誕生(後)

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teraoka

(株)てら岡

博多一の女将となるために

teraoka てら岡は、福岡市に2店舗、熊本県に1店舗を擁する。2012年3月、熊本県荒尾市に「地鶏料理 清里絆舎(きよさときずなや)」を開店した。広大な敷地に、木造屋根付きのオープンテラスやきのこハウスが立ち並び、清らかな里の風景と狩場料理が楽しめる。清里絆舎は、山林・雑木林が茂る1万7,000坪の土地を、地元の人々の助けを借りて寺岡会長自らが開拓し、約1,000本(95種)の桜を植樹した。「春の桜・秋の桜・冬の桜」を季節に応じて楽しめ、なかには茨城県の「桜川桜」、山梨県の「山高神代桜」、岐阜県の「臥龍桜」「薄墨桜」など国指定天然記念物の実生から育てた苗木も植樹されている。夏は蛍が観覧できるよう人工の小川をつくり、幼虫の飼育なども試みている。
 「毎年、絆舎で花見の銘酒会を開いているのですが、今年は4月3日に開催しました。県外から著名な方もお見えになり、180名以上の方がいらっしゃいました。この大舞台で司会を務めることになり、会長からは『今なら間違えても大丈夫。後々、大勢の人前で話せないと女将は務まらない』と言われました。本当に良い経験をさせていただいております」(浩子氏)。

 昨年末、浩子氏は福岡博多ライオンズクラブに所属した。来期が始まる7月からは、クラブの幹事を手伝うことで活動に深く関わっていく。「来期から例会の司会を担当させていただきます。ライオンズクラブには、さまざまな業種の方がいらっしゃって、色々なお話が聞けます。ボランティア活動は、まだ献血の呼びかけしかできていませんが、次は公園清掃に参加します。自分をスキルアップさせる大切な時間です」(浩子氏談)。多くの人に接し、別の現場で経験を積みながら自分を磨く。「博多一の女将」となることが浩子氏の目標だ。

女将修業、京都の老舗へ

 「京都嵐山の老舗料亭に絵に描いたような女将がいるからと言われ、会長の紹介で女将修業に行ってきました。立ち居振る舞い、挨拶や会話の仕方、お客さまへの接し方など、とても参考になりました。一番大切なことは、お出迎えとお見送り。感謝すること、謙虚であることなど、心構えを学びました」と、浩子氏は振り返る。

 料理には「前味」「中味」「後味」3種類の味わいがあると、寺岡会長は説く。「前味」とは、美味しい料理を食べる前のワクワク感や期待感。「中味」は、美しく盛りつけられた料理を目で楽しみ、口に運んで味わうこと。そして「後味」は、旨かった、また来たいと思わせる満足感と余韻。この3種類の味わいが備われば、いつの時代でも愛される料理店となる。てら岡が目指す店づくりの原点だ。女将の役割は、この「前味」と「後味」すなわち「お出迎え」と「お見送り」に最も影響をおよぼす。「嵐山の女将さんの気配り目配り心配りは、素晴らしいものでした。アンテナが方々に張り巡らされていて、お客さまのちょっとした変化にもすぐに対応されます。しかもそれがとても自然なのです。従業員の皆さんも同じように対応されていて、旗振りをする人がしっかりと行き先を明確にしていることで、皆が同じようについて行くのだと感じました」(浩子氏)。

てら岡の集大成、新本店

 1984年にオープンした5階建・営業面積250坪の「てら岡 中洲本店」は、今年6月末日で営業を終了。新しく建て替えられる。新本店は7階建・営業面積300坪で、17年9月に竣工予定だ。現在の本店5階にある「数寄屋造りの和室」は釘を使わず「木組み」で造られているため、解体して新本店に再現する。また、四季折々の植物が観賞できる「庭付きの個室」や「掘りごたつの部屋」などが設けられ、それぞれの部屋で最良のおもてなしができるよう細部までこだわった企画を練り上げている。てら岡の集大成となる新本店、ぜひ期待されたい。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代表取締役会長:寺岡 直彦
所在地:福岡市中央区渡辺通5-2-10
設 立:1981年8月
資本金:5,000万円
TEL:092-714-4411
URL:http://www.teraokagroup.co.jp

<プロフィール>
teraoka_pr寺岡 浩子
1987年1月6日生まれ。福岡県立山門高校卒業。18歳からてら岡に勤め、現在日本料理てら岡 春駒店(福岡市中央区西中洲1-3、TEL:092-734-3988)で女将を務める。

幅広いジャンルのデザインを提供、都市に彩を添え続ける(後)

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houei

(株)手島建築設計事務所

これからの建築物に必要なもの

渋谷区神宮前2丁目放映ビル

渋谷区神宮前2丁目放映ビル

 今年4月14日に発生した平成28年(2016年)熊本地震。熊本はもちろんのこと、地震による影響は福岡、大分、宮崎など広範囲におよんだ。交通インフラの麻痺を考えれば、九州全域に影響が出たといっていいだろう。そして、大きな震災が起こるたびに主なトピックとして取り上げられるのが、建築物の安全性だ。
 「今回の熊本地震は、予兆が短かったようです。これは、直下型の地震に見られる特徴でもあります。直下型の縦揺れへの対応としては、現在、耐震改修促進法でも古い建築物にはせん断補強が義務づけられていますし、弊社でも行っている老朽化調査、耐震診断などで、どの箇所が直下型に対して脆弱なのか、つまり、補強対象となるのかを、厳しくチェックするようにしています。もちろん、自然災害の発生・被害を完全に予期し防ぐことは不可能です。それでも、備えておくことは必要ですし、物件オーナーさまや居住者の方の意識は高まっています。今後さらに補強にともなう設計、建築物の調査・診断業務に対するニーズも高まっていくと思われます」(清武部長)。

 デザインに要求されるのは、決して外観や機能性の充実だけではない。防災からの視点も必要不可欠なのだ。地震に限らず、日本は自然災害が多い。だからこそ、建築士が担う役割は、都市空間のデザインだけにとどまらず、建築物を通じたセーフティデバイス(安全装置)の提供にまで広げていくことではないだろうか。
 「規制が強まれば、やはり自由なアイディアは活かしづらくはなります。建築設計事務所の在り方も、時代の要請に応じて変わっていくでしょう。だからこそ、柔軟な発想で仕事に取り組める新たな人財との出会いに期待しています。弊社はもちろん、業界全体が若い力で活気づいてほしいですね」(手島副社長)。

 建築士の仕事のやり方が変わり続けるように、建築士にできることも変わり続けている。同時にデザインできるものは、確実に増えている。建築士という仕事は、社会貢献度の高い仕事なのだ。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代表取締役会長:手島 博士
所在地:東京都港区芝1-13-16
福岡本社:福岡市中央区清川3-21-9
設 立:1976年9月
資本金:1,000万円
TEL:03-3457-6761(東京本社)092-522-5311(福岡本社)
URL:http://www.teshima-at.co.jp

<プロフィール>
tesima_pr手島 誠
1971年生まれ。建築設計に22年従事し現在に至る。

<プロフィール>
kiyotake_pr清武 広幸
1959年生まれ。建築設計に36年従事し現在に至る。

『ありがとう』を大切に、人と人との関わりこそが仕事の原点(前)

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tengoku

天国社グループ本社

ソフト面のさらなる進化を目指す

tengoku 福岡市内および糸島市・春日市に会館5カ所(福岡会館、姪浜会館、伊都会館、油山会館、春日会館)にて、葬祭および関連事業を展開する天国社。同社は、地域密着型の地場葬祭業のトップクラスとして認知されている。宗派や形式などの『カタチ』にこだわることなく遺族の意向に沿い、葬儀の規模の大小を問わず独自性の高いサービスを生み出し、提供し続けている。

 2001年に証券業界から転身し、14年6月に同社代表取締役社長に就任した中井健雄氏。中井代表が就任して着手したことは、葬儀・葬祭業のイメージを変えること──葬儀会社からの脱却であった。
 「まずは、従来の葬儀に対する暗いイメージを変えることから始めました。15年6月に(株)アートライフホールディングスを設立し、その傘下に運送・レンタカー、不動産、コンサルティング、フラワー、カフェの事業を展開し、総合葬祭天国社も一事業として中核を成しております。葬儀会社から『葬儀も行っている会社』という位置づけにすることでした」と中井代表が語るように、以前の同社のイメージとは違った印象がある。
 静寂なイメージであった同社だが、現在はアクティブな感がある。訪問時に挨拶を受けた時も、以前よりも増して明朗な印象を受けた。社内間でのコミュニケーションが円滑になっているからだろう。

 中井代表の自宅の近隣に、大手流通の商業施設が進出してきたという。以前からの商店街の店舗は、その勢力に押されて撤退を余儀なくされた。そのようななかでも、その土地で古くから鮮魚と青果販売を営む2店舗は、今もなお連日大賑わいで来客が途切れないという。
 「どちらも、失礼ながら建物も古いお店が、なぜ毎日大賑わいなのか?大手の商業施設より値段は高いのです。それでも多くのお客さまが買い物をする──そこには『対話』があったのです。お互いのコミュニケーションで活気に溢れているのです。『対話』というソフトですね」と中井代表は、いかに人間同士のコミュニケーションが大切なのかを実感したという。

 同社には事前相談なるサービスがある。以前は積極的に取り組んでいなかった事前相談に対して、全社的に取り組んでいる。「ご相談に来られた方々のお話を聴かせていただくことを徹底しております。親の介護の問題、自分の生活の課題など、葬儀に関係ない話がほとんどです。しかし我々が、ご相談にお越しになる方々のお話を聴かせていただくことで、ご相談者の方々にはとても満足していただいております。『葬儀の話はしない。弊社の会員制度を勧誘、営業しない』ことを全社員に徹底して、お話を聴くという姿勢です」(中井代表)と事前相談を有効に活用している。その相談者の人々は、帰り際に同社の会員に入会するケースが多数ある。コミュニケーションというソフト面を、より進化させている一例である。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:中井 健雄
所在地:福岡市西区姪浜駅南2-20-25
設 立:1987年6月
資本金:2,000万円
TEL:092-883-4949
URL:http://www.tengokusya.co.jp/

<プロフィール>
nakai_pr中井 健雄
1974年7月14日生まれ。福岡市西区出身。イギリスパングボーンカレッジ卒。メリルリンチ証券を経て2001年に天国社に入社。14年6月に代表取締役社長に就任。趣味は旅行、食べ歩き。

成長への鍵は『じそう』、学び続けられる企業風土を醸成(前)

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densisyouji

(株)電子商事

言われた通りじゃつまらない

 2016年3月期を迎えるのと同時に、創業40期目という節目の年に入った(株)電子商事。ここまで業歴を積み重ねてこられた理由には、顧客との良好な関係性の構築はもちろん、同社組織内における、仕事に対する意識改革への試みと、その成果が挙げられる。そこで今回は、同社の業務・人材マネジメントで手腕を発揮されている、専務取締役の中野明子氏にお話をうかがった。

densisyouji 「お客さまが求められているものをかたちにしていくというのが、私たちの仕事です。ただ、当社はお客さまに『この商品を何個、いつまでに、いくらで』と言われて、条件に合うものを仕入れて、売るといった、単純なものばかりではありません。現在やっていること、そしてこれから先もっとやっていかなければならないことは、『自分たちからお客さまに提案していく』ことなんです。たとえば、お客さまからご相談を受けた際に私たちもお客様と一緒になって解決方法を考える。それが価格面であれば、使用部品の見直しなどを通して原価削減をご提案する。このようにお客さまが品質の良い物を、適正価格で、計画通り販売するためのお手伝いをさせていただくことが、私たちが目標としている『お客さまが求められているものをかたちにしていく』ということなんです」(中野専務)。

 競合ひしめく九州市場で生き残っていくため、顧客の求めるものを先読みし、自分たちから提案していくことが不可欠である、と語る中野専務。同社は、その目標を達成するために企画力・営業提案力の強化に努めている。
 「当社は、遊戯関連のお客さまとの取引が大半を占めます。ほかにも、医療機器メーカー・各種機械メーカー・駐輪場関連など、その他多種のお客さまとお取引しています。超高齢化社会に突入し、ヘルスケアの分野における需要は高まっていますので、私たちもしっかり勉強して、健康・医療関連メーカー様とのお取引を増やしていきたいですね。ただし、事業規模を急激に拡大していこうと考えではありません。事業所を全国展開させるというやり方ではなくて、小さくとも、お客様・社員一人ひとりに目が行き届き、コミュニケーションが取れる|どんな場合にも、お客様・社員との繋がりを守る。そして、それが可能な体制を持続させていくことこそが、最も大切なことではないでしょうか」(中野専務)。学びによる変化と揺らがぬ理念の両立を目指す同社。次は、そんな同社の基盤となる人材への考えをうかがっていく。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:中野 武志
所在地:福岡市中央区大宮2-6-23 141ビル1F・2F
設 立:1977年3月
資本金:2,000万円
TEL:092-533-5500
URL:http://www.denshi-shoji.net/

<プロフィール>
nakano_pr1中野 明子
1990年、香住丘高等学校卒業後、福岡大学人文学部英語学科に進学。在学中、イギリスへ交換留学。94年同大学卒業。95年「タイ政府貿易センター福岡」に就職。2000年からタイへ。5年後に帰国し、(株)電子商事へ入社、専務取締役を務める。

『ありがとう』を大切に、人と人との関わりこそが仕事の原点(後)

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天国社グループ本社

独自性ある付加価値の創造と提供

nakai1 以前放映されていた同社のテレビCMは、福岡市民の誰もが知るほど有名なCMであった。しかし現在では、放映されていない。中井代表は、「CMはやめました。天国社の名前は浸透し、その役目は充分に果たしました。そしてCMをやっているから価格が高いというイメージを一新するためでした」と語る。

 CMに投下してきた予算を現在は、葬儀そのものへ投下する。「ご遺族の方々のご意向に沿った葬儀をとり行うことを実践しております。限られた時間のなかでよりきめ細かくお話をうかがいます。そしてご遺族と我々が一緒に葬儀をつくります。たとえば故人の方が好きだったビールを祭壇に並べる、ステーキがお好きであった故人には、その場で焼いて祭壇にお供えする、音楽の生演奏をするなど、それぞれのご意向に寄り添った葬儀をつくり、行います。このような付加価値をつけた企画に対して予算を投じております」(中井代表)。

 一方で、金銭的などの諸事情で通常の葬儀を行えないご遺族の方々に対しては、最小限の葬儀を提案する。出棺時に棺のなかに供える花のサービスなど同社がサポートできる範囲で、故人を送り出すケースも存在する。さまざまなケースに対して誠心誠意寄り添う同社の仕事への姿勢が反映されている。中井代表は、「原点に戻ることですね。仕事の原点に立ち返ることでした。原点とは、誠実に誠意を込めた仕事をする、葬儀を提供することです」と述べている。
 それぞれの葬儀の事例をストックし、社員全員で共有する。そして新たなサービスをつくるための議論が、社内で行われている。以前は一匹狼的な手法で仕事を行ってきたものが、全社一丸となり皆でつくり上げようという気運が高まっている。この円滑な社内のコミュニケーションによって、お客さまからのお礼の言葉、お叱り・クレームの言葉も共有され、中井代表にもすぐに伝達される。お叱り・クレームに対しては中井代表自ら、手紙や電話などで即座に対応する。その迅速な対応は同社のファンづくりの一助となる。また、中井代表と社員一同はSNSを有効に活用し、同社を身近に感じてファンになってもらえるような情報発信を日々行っている。

 そのほか、お通夜に出される料理は通常なら精進料理とされているが、ご遺族の好きな料理を選んでもらうなど、固定観念にとらわれないサービスも行っている。葬儀には古来の『しきたり・決めごと』によって制約される部分が多々ある。そのような『しきたり・決めごと』を廃して、ご遺族の意向──お客さまの目線で仕事をすること、押しつけないという姿勢である。その根底には、同社の人を尊重するという理念が浸透しているのだ。中井代表は、亡き母親の月命日には必ず墓参りする。その中井代表の温かな心が全社に伝わっている。人との関わりのなかで「ありがとう」を大切にした姿勢で仕事づくりを実践する同社。今後の新たな価値創造に期待が高まる。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:中井 健雄
所在地:福岡市西区姪浜駅南2-20-25
設 立:1987年6月
資本金:2,000万円
TEL:092-883-4949
URL:http://www.tengokusya.co.jp/

<プロフィール>
nakai_pr中井 健雄
1974年7月14日生まれ。福岡市西区出身。イギリスパングボーンカレッジ卒。メリルリンチ証券を経て2001年に天国社に入社。14年6月に代表取締役社長に就任。趣味は旅行、食べ歩き。


成長への鍵は『じそう』、学び続けられる企業風土を醸成(後)

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densisyouji

(株)電子商事

求めるのは『じそう』できる人材

 同社が求めているのはズバリ、『じそう』できる人材だという。

densisyouji 「この『じそう』という言葉は、実は弊社社員が考えてくれたオリジナルの言葉なんです。事業計画会議のなかで、皆が目標にできるものが社員のなかから出てきたことは、とても嬉しいです。もちろん私も含め、完璧に『じそう』できている社員はまだいませんから、現在、OJTを通して皆目標達成を目指して頑張っている最中です。この『じそう』なのですが、3つの意味が込められているんです。1つ目が、『自走』。指示を待つのではなく、自分から動き出せる人になろうということです。自分で決めたことは最後まで自分でやりきる。そういった想いも含まれています。2つ目は、『自創』。5W1Hを明確にしてゴールを定め、自分自身の力でそのゴールまでのプロセスをデザインしていくこと。一つの方法で上手くいかなかった場合には、二つ、三つと別の方法を模索する。自分で次の一手を常に企画していこうというものですね。そして、3つ目が『自操』。お客様、仕入先、社内の同僚、場合によっては社長も巻き込んで、一つの成果を生み出していく。もちろんそれぞれの立場や状況を考慮しつつ、外部の方々、目上の人、上司、仲間を動かし形にしていく。一番難しい『じそう』なのでなかなかできる人はいません。高度な調整能力をはじめ、経験だけでは補えない、持って生まれたセンスも要求される、本当に一番難しい目標と言えるでしょう。

 あと、これは個人的に思っていることなんですが、日本はまだ女性が活躍できる環境整備が遅れていると思います。人材活用のキーワードとして、やっぱり『女性』というのは外せません。もちろん、国が推奨するような女性管理職の割合を何%にするといった杓子定規的なものではなく、あくまで本人の能力に応じた場の提供にすべきだとおもいます。高齢者の方も一緒です。以前、『カンブリア宮殿』に取り上げられた、『葉っぱビジネス』を観ていて驚かされたんです。落ち葉を拾って、それを『つまもの(料理を引き立てる飾り)』として売り出すというものだったんですが、この仕事で『70歳を過ぎたおばあちゃんたちが、年収800万円稼ぐの!?』って。今の60代、70代って、すごく元気な方が多い!なかにはまるで若者のように活力に満ちた方もいらっしゃる。だから女性、高齢者に関わらず、スキルもやる気もある人たちには、やっぱりその力を活かしてもらった方がいいと思いますし、単純に、もったいないなと思うんです。定年や結婚・出産を機に、まだまだやる気のある優秀な方たちが仕事を辞めてしまうこともあると思います。だからこそ、そういった方たちが活躍できる場所や働き続けるための選択肢を提供してあげることが大切なのではないでしょうか。もっと社会に出て貢献してもらう。そうした動きが広まっていき、納税する立場になる方の割合が増えれば、国の財源不足の問題にも、きっとプラスの効果が出てくるはずです」(中野専務)。

 企業の存続には何を、どのように提供するのかというサービス力が必要だが、最も必要なのは、そのサービスを顧客に提案・提供する社員たちの人財力だ。その強化を、トップダウン式ではなく、社員たちの声から掬い上げるボトムアップ式のマネジメントで実施する同社。社内・外でのこうしたアットホームな信頼関係の醸成とその成功が、そのまま同社の魅力であり、強さの秘訣と言えるのではないだろうか。

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:中野 武志
所在地:福岡市中央区大宮2-6-23 141ビル1F・2F
設 立:1977年3月
資本金:2,000万円
TEL:092-533-5500
URL:http://www.denshi-shoji.net/

<プロフィール>
nakano_pr1中野 明子
1990年、香住丘高等学校卒業後、福岡大学人文学部英語学科に進学。在学中、イギリスへ交換留学。94年同大学卒業。95年「タイ政府貿易センター福岡」に就職。2000年からタイへ。5年後に帰国し、(株)電子商事へ入社、専務取締役を務める。

不動産再生で新事業 オーナー負担ゼロの「ゼロリース」(前)

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(株)トリビュート

不動産再生で土地や建物の価値を最大化

tr2 「不動産再生―トリビュート」これは、福岡市の主要路線を走るバスに大きく描かれた(株)トリビュートのラッピング広告だ。

 不動産再生とは、「場所が良いが権利関係や地型などに問題を抱える物件」を取得し、市場のニーズに合わせた不動産に転換するなど、眠っていた不動産の魅力を甦らせること。これまで、同社では福岡市内だけでなく、長崎市や鹿児島市、大阪市でも数多くの不動産再生を手がけてきた。

 「1つの不動産をどこまで輝かせることができるのか」をスローガンに、取り扱ってきた不動産は価値を最大限に高めたうえですべて売却してきた。福岡市博多区の土地では2区画の所有者と同時に交渉し、それぞれ取得に成功。マンションには不向きだった狭小地を2区画合わせることで価値を高め、マンション用地としてデベロッパーへ売却した。また、長崎市で取得したアパート6棟は、長く入居率の低迷していた物件だったが、入居者へ訴求効果の高いリノベーションを施すことにより、入居率を向上。これらは、収益性が高まったところで、関東や関西の投資家へ売却している。その後に取得した福岡市中央区の大型テナント複合マンションでも、テナント賃料未納などのトラブルを抱えていたが、テナント退去などでトラブルを解消し、高級住宅地としての立地を活かした物件に蘇らせたうえで売却を果たした。

tr 同社の田中稔眞社長は、「同じ不動産でも運営者によって価値が増減する。私は若い頃にこのような事実を目の当たりにし、不動産の魅力に取りつかれたのです。人間が快適な生活を過ごすにあたり、充実した衣食住は欠かせないものです。我が社は不良物件を通常の健全な不動産に甦らせることで地域社会に貢献し、そこに暮らす人々へ快適な場所の提供を約束します」と、自社の役割について話す。

 

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:田中 稔眞
所在地:福岡市博多区博多駅前3-27-24 博多タナカビル8F
TEL:092-292-2313
東京支店:東京都港区虎ノ門2-9-14 郵政福祉虎ノ門第一ビル7F
TEL:03-6257-3801
設 立:2009年4月
資本金:1,000万円
URL:http://tribute-company.jp

<プロフィール>
田中 稔眞
1980年8月12日生まれ、福岡市出身。不動産会社を経て2009年に(株)トリビュートを設立し、代表取締役に就任した。趣味はマリンスポーツ。

新体制で新しい風が吹く!同族外承継でさらなる飛躍へ(前)

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(有)二鶴堂

次世代後継者育成への取り組み

hakatanohito2 「博多の女(ひと)」で有名な博多菓子工房の(有)二鶴堂。1952(昭和27)年、福岡市中洲にて橋本富市氏が創業した老舗菓子製造会社である。創業から60年を超す同社は、バームクーヘンの中に小豆羊羹が入り、洋と和が織りなす独特な味のハーモニーの「博多の女」(72年発売)をはじめ、数多くのヒット商品を世に送り出してきた。焼き芋にすると甘みが出る品種のさつま芋を使用した「博多ぽてと」や、博多の女の製造工程で出るバームクーヘンの切れ端をヒントにつくられた「博多バームスティック」は2010年9月の発売以降、JR博多駅、福岡空港の土産物売り場にて『博多土産の定番』として、世の中に浸透している。

 同社の橋本由紀子会長は、創業者・橋本富市氏の長女。経理畑を主に歩み、2000年9月に代表取締役社長に就任。「伝統」と「創作」という創業者の想いを伝承して、消費者に喜ばれる博多ならではの菓子づくりを行ってきたが、自身も世代交代を考える時期に入り、7年前の9月、全社員経営を目的に、スタッフを若手精鋭集団に育て上げる「次世代経営塾」という社内勉強会をスタート。これは毎年精鋭30名を選抜し、1年間の期間中毎月1回、本社にコンサルタントの先生を講師に招いて行う本格的なもの。受講生はリスクマネジメントから財務、営業戦略、広告戦略、商品開発などを学ぶ。一人一人が部門を超え、自由活発に忌憚のない意見が出せる環境で取り組み、物事を否定的に捉えず、プラス思考をもって未来を創り込んでいる。

 先を見据えた事業展開、そのなかでも人財育成に重きを置いた取り組みから7年。昨年10月、同社は橋本由紀子社長が代表権のある会長に、そして副社長だった真木 聡氏を社長に昇格させる人事を発表した。真木氏は08年に入社後、統括部長を経て13年に副社長に昇格した人物である。

博多菓子業界に新風を

 「社長就任以来、組織力強化を図るため人材育成と組織改造に力を注いでおります。また、自らトップセールスを行うなど新市場開拓を中心に、業績の肝となる営業力の強化を戦略的に行っています。老舗の看板、創業者らが築いてきた伝統とブランドをしっかり守っていくことが一番大事な仕事だと思います。プレッシャーは感じますが、やりがいもあります。業界の常識に捉われず会社を進化させ、失敗を恐れずにやっていきたいです」と真木社長は抱負を語る。

 越境の時代にどのように攻めていくか。真木社長は商品開発をメインに行うが、これこそ変化に対応していかなければならない分野である。イノベーションを行いながら、常に新しい物をつくるためにチャレンジしていく気持ちを持っている。「博多土産業界、そして社内に新風を巻き起こしたい」と、真木社長はプレッシャーを楽しんでいる印象を受けた。同社の商品は、前述の次世代経営塾の塾生らが開発する。昨年2月、福岡特産のあまおうを使用し、ミルク羊羹を流し込んだ「博多の女 あまおう苺ミルク味」を発売し、大ヒットを生んだ。しかし、その誕生への道のりは並大抵のものではなかった。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:橋本 由紀子
所在地:福岡市東区馬出6-15-21
設 立:1952年12月
資本金:4,100万円
TEL:092-621-8881
URL:http://www.nikakudou.co.jp

<プロフィール>
hasimoto_pr橋本 由紀子
72年に(有)二鶴堂に入社。社長を経て15年10月に代表取締役会長。

<プロフィール>
maki真木 聡
統括部長を経て13年から副社長就任。15年10月に取締役社長に昇格。

 

不動産再生で新事業 オーナー負担ゼロの「ゼロリース」(後)

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(株)トリビュート

不動産再生の新サービス・「ゼロリース」開始

tr3 不動産再生事業には、不動産に関する幅広い情報網と見識が必要だ。また、権利関係が複雑に絡まるケースも多く、強い交渉力が求められる。同社は、情報力と交渉力を武器に、これまで手がけたすべての再生案件を成功させてきた。実績を重ねるなかで、「価値が眠っている不動産がまだまだ数多く存在していることはもったいない」と感じていた田中社長は、新サービスの開発に乗り出し、既存の不動産オーナーが同社のパートナーとなる「ゼロリース」を開発した。

 「ゼロリース」とは、築年数が古く空室が目立つケースや、相続により収益物件を取得したが不動産経営に不慣れなケース、改修工事したいが資金が足りないケースなどに、オーナー負担ゼロで同社が資金を投入して改修。収益性の高い不動産に再生させるというもの。オーナーと同社が最長10年の賃貸借契約を結び、固定賃料を同社が支払い、上回る収益を同社が受け取る。契約終了後は、再生された不動産をそのままオーナーへ返還する(再契約も可能)。

 つまり、物件オーナーは、所有権の移転なしに安定した賃料を受け取ることができ、契約終了後は初期投資ゼロで資産価値の向上した不動産がそのまま返還されるというオーナーにとっては至れり尽くせりのサービスだ。これまで福岡市や長崎市、大坂市などで数多くの不動産再生を成功させてきた、同社ならではの新事業と言える。

情報の信用力を担保する「オーダーメイド仲介」

 これまでの不動産業界では、真偽の定かでないおとり情報や情報のバラマキなど、業界の信用低下につながりかねない業界慣行が続けられてきた。田中社長は、「売主、買主にとっての不利益は業界の不利益になる」と、これまで確実な情報を流通させるためのサービス開発を考え続けてきた。数々の失敗を経て得た知見から、新サービス「オーダーメイド仲介」を開発。これは、売主と専任媒介契約(※)を結ぶことで、情報の信用力を担保し、オリジナルのオーダーシートを用いた丁寧なヒアリングにより適正に不動産の価値を審査。ネットワークを活かして全国の仲介業者と連携し、あらゆる条件を精査した後に適正な買主とマッチング。必ず売主側1社、買主側1社とする透明性のあるシンプルな取引を行うというもの。将来的には、国内だけでなく海外の不動産も手がけていく予定だという。

 売主と買主、仲介業者、入り交じる権利関係などから、不動産取引は複雑化する傾向にあった。とくに、都市部の不動産はその傾向が顕著に現れ、価値が眠ったままの不動産も少なくない。「確実な情報でシンプルな取引」にすることで、同社は信頼を得てきた。このビジネスモデルを自社外にも広めるための方策が「ゼロリース」と「オーダーメイド仲介」だ。15年2月には東京支店を開設した同社は、すでに関東で不動産再生事業に着手。日本一の不動産マーケットである東京は、眠っている価値も相対的に大きく、同社が果たす役割の重要性も高い。

 実績豊富な「不動産再生」に「ゼロリース」「オーダーメイド仲介」が加わり、事業の幅が大きく広がった同社が、日本の不動産市場に新風を吹かしてくれることを願う。

※売却活動の全般を1社に任せる契約

(了)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:田中 稔眞
所在地:福岡市博多区博多駅前3-27-24 博多タナカビル8F
TEL:092-292-2313
東京支店:東京都港区虎ノ門2-9-14 郵政福祉虎ノ門第一ビル7F
TEL:03-6257-3801
設 立:2009年4月
資本金:1,000万円
URL:http://tribute-company.jp

<プロフィール>
田中 稔眞
1980年8月12日生まれ、福岡市出身。不動産会社を経て2009年に(株)トリビュートを設立し、代表取締役に就任した。趣味はマリンスポーツ。

エミュー事業で日本の食と健康を変えていきたい(前)

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日本エコシステム(株)

栄養豊富なエミューに着目

emu2 節電機レンタルで業歴を刻み続けてきた日本エコシステム(株)。同社は近年、新しい事業を開始した。日本の食と美を支えるプロジェクト、エミュー事業である。
 世界でダチョウに次いで2番目に背が高い飛べない鳥・エミュー。性質が穏やかなことから、動物園などで触れ合いを経験したことがある方もいるだろう。同社は、そのエミューの繁殖、肥育、そしてエミューを使った製品の開発に乗り出したのである。藤澤博基社長は次のように語った。

 「私たちは地球環境・経済・人間の本質の調和を目指して起業し、その実現に向けて事業を展開してまいりました。現在の日本で、もっとも大きな問題の1つは食料自給率の低下にあると思います。食料がなければ生物は生きていくことができません。それを他国に任せっきりにすることは、日本人の存続に大きなリスクを残すことにつながります。私たちは自分たちで食すものは自分たちの手でつくらなくてはならない、という思いを常々持っておりました。そんななか、エミューと出会いました。雑食性のエミューは丈夫で飼育しやすい特徴があります。日本の食糧事情を改善し、さらに良質なたんぱく質、良質なオイルを使うことで健康や美容にも役に立つと考え、事業化を目指すことにしました」。

 日本では馴染みが薄いエミューだが、原産地であるオーストラリアなどでは非常に身近な存在だ。オーストラリアでは1,000頭のエミューを2人で飼育している事例もあるほど、手間のかからない鳥なのである。また、体が大きい分、多くの食肉をとることができる。加えて、エミューは繁殖期になると、ほとんど餌を摂食しない特徴がある。その間、体内に蓄えられた脂肪で生命を維持させるのだが、その脂肪が動物のなかでも優秀なものとして各方面から注目を集めているのである。多くの脂肪を採取することもできるため、化粧品などへ応用することができる。

 エミューと出会い、日本の危機的な状況を改善するという大きな夢を持って事業化に乗り出した同社。現在ではエミューの研究で日本トップクラスの研究所と二人三脚で開発を進めている。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:藤澤 博基
所在地:福岡県筑紫野市二日市中央1-12-22
設 立:1997年6月
資本金:3,000万円
TEL:092-923-4233
URL:http://www.jpeco.jp/

<プロフィール>
hujisawa藤澤 博基
機器のレンタル事業を目的に、1997年に日本エコシステム(株)を設立。節電機器のレンタルで事業を拡大した。「和」を経営理念に掲げ、偏ることのない事業経営を目指す。趣味は読書。

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